ソウル・インタビュー

「ラブ、安堵、ピース」のなかで

「君から『自分』という境界が消えたときに明らかになる、
あるがままの存在の本質。
そして、それを動かし続けているエネルギー、
それが『タオ』」

 

 

「『君が生きている』のはではなく、
『生』が、
”君を含めたすべての現象”として現れている」

 

 

「老子道徳経」を分かりやすく超訳した「ラブ、安堵、ピース」

 

約2500年前に説かれたとされる「道教=タオイズム」の世界観を、とても身近に感じられる一冊です。

 

 

「タオは、大いなる何かであり、
それは天であり、地でもある。
人もまた、大いなる何かだ。
その見え方、現れ方は違っても、
存在という存在すべてが、
この大いなる母の胸に抱かれている」

 

 

個性も、その人の本質も、じつは幻想。
「個人は、それぞれ個別に分離している」という前提に立った概念だから。

 

 

タオにおいての「本質」に、分離はない。
そこにあるのはおそらく、すべてが調和した静寂だけ。

 

 

何かを「得なければ」
「失わないようにしなければ」
「優れていなければ」
「勝たなければ」

 

 

もっと、もっと…

これ、ぜんぶ「分離している」という幻想から生じている。

その前提が、静寂を乱し、混乱を生んでいる。

 

すべてはタオの一部。

 

自分も、あなたも、あの人も。。。
タオという大きな命の中の、つかのまの現象。
だから、留まることもなく、失われることもない。。。

 

 

この感覚、少しでも感じ取れたなら、
まったく違う世界が立ち現れてくる気がします。

 

ラブ、安堵、ピース、、、

 

 

まさに。

 

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