ソウル・インタビュー

いますぐできる「予祝」の準備

「予祝」という言葉をご存知ですか?
望む状況が「実現した」という前提で、お祝いをすることです。
一見、妙なことのように聞こえるかもしれませんが、実は昔から日本にある風習のひとつ。「お花見」「盆踊り」というのは、もともと秋の豊作を願って「今年も豊作だった、めでたい!」という前提で盛り上がる「予祝」として始まったのだそうです。

 

「イメージトレーニングが大切だ」とよく聞きます。特にスポーツの世界では、優勝した瞬間のシーンや感情を具体的にイメージし、感じることが奨励されています。考えてみれば、これも「予祝」ですね。ソチ五輪で金メダルに輝いた羽生結弦さんは、ソチに向かう飛行機の中で金メダルに輝いた瞬間をイメージして「涙が出た」と語っています。つまり、そこまで鮮烈にイメージを感じ取っていたということです。(ひすいこたろう・大嶋啓介著「前祝いの法則」参照)

 

キーポイントは「体感覚」

 

この羽生選手の話には、とても大切なことが含まれています。「涙が出た」とは、そこまでイメージに臨場して、感情が揺さぶられ、それが「涙」という体感覚として現われたということです。ここまで深く感じきることが、イメージトレーニングではとても重要なのです。

 

どうして、体感覚が重要なのでしょうか?これは人間の意識と深く関係しています。通常、人は見聞きするもの、目の前で起こっていることなどを、過去の記憶・体験をもとに判断しています。全く新しい出来事を体験していても、それを過去のデータベースを参照して処理している、ということです。

 

「経験を積む」ということは、データベースが豊かになり、対応できるケースが増えるというプラスの面もありますが、反面、「常に過去のフィルターを通してしか判断できない」「ありのままを体験できない」というマイナスの面も生み出しています。歳をとるほど柔軟性が失われ、頑固になってしまう人が多いのは、自分の過去のデータベースに合うものしか受け入れず、そのフィルターを通してしか世界が見れなくなってしまうからなのです。

 

ではなぜ、自分の経験がフィルターになるのか。それは、体験・経験が体感覚として深く刻まれているからです。つまり、人間は体感覚として刻まれているものに意識を向けるということです。「自己肯定が高い人は、幼いころから小さな成功体験を積み重ねてきている」とよく言われます。それは、ひとつひとつの成功体験が体感覚として身体に染みこんでいるから、そこに意識が向き続けているということです。それがそのまま、セルフイメージになっているわけです。自己否定が強い人の場合、真逆のことが起こっているわけです。

 

予祝は「未来記憶」

 

予祝、そして感情を伴うイメージトレーニングでは、未来に感じたい感情を存分に味わいます。このとき、人は過去のフィルターを通さず、ただ望む現実の世界にどっぷり浸っています。そして、それが体感覚として刻まれていきます。それは「未来の記憶」と言い換えてもいいかもしれません。すると、その後も意識は自然とそのときの感覚へと向き続け、それが自分のセルフイメージの一部にもなっていきます。そのイメージを基盤として行動を続ければ、当然、展開する出来事に影響を与えます。その結果として、未来の記憶を現実化させるのです。

 

予祝も、イメージトレーニングも、その気になれば誰でも、いつでもできます。感情を味わい、未来の記憶を身体に刻む込むだけのことです。でも「それが難しい」と感じるとしたら、それこそ過去のフィルターに意識が向いてる証拠です。「そんなこと出来ない」という自己像に意識が当たっているということです。そんなときは予祝の準備をするつもりで、自分にこんな質問をしてみてください。

「私は、○○をすることで、どんな感情を味わいたいのだろう?」
「私は、どんな感情を味わって生きていきたいのだろう?」

そこに意識を向けるだけで、過去のフィルターを通すことのない、自分の未来記憶が芽生えていくはずです。