ソウル・インタビュー

「1を聞いて、ただ1を知る」

 

「正しさは、一人一人の中にある。そして、自分の正しさが歪んでいるのか、そうでないのかは、他者を通じてしか分からない

 

武学の師匠の言葉。人は誰もが自分だけの答えを持っている。誰も間違っていないし、その正しさを押しつけ合って戦う必要もない。そのためには、自分がいつも穢(けが)れていない、曇っていない、クリアな状態でいる必要がある。そうでなければ、相手の正しさも、相手を通して見えてくる自分の状態も、歪んで受け止めてしまう。そして、それは自分一人で気付くことはできない、と。

 

確かに、人や世界を「ありのままに見る」ためには、自分がクリアでなければなりません。でも、レンズの曇りや汚れに気付くことがなければ、その歪んだ状態を「正しい」と思い込んでしまいます。

 

「1を聞いて10と思い込む」

 

以前、「あるがままに見る」状態を基盤にしているセラピーのトレーニングに参加したときのこと。そのセラビーを10年以上続けている方と雑談していました。その方は、僕がコーチングをしていることを知ると「コーチングについては以前、一冊だけぱらぱらと本で読んだことがある。ああ、この程度のものかと思った」と興味を失ったと話していました。

 

「1を聞いて、10と思い込む」……。「あるがままに見る」訓練を10年以上続けていても、そんなもの。つまり、人間にとって「1を聞いて、ただそのままの1を知ること」=クリアに、歪みなく物事を受け止めるということがどれほど難しいのか、ということです。

 

「禊=ゼロ化=ニュートラル化」

 

「禊(みそぎ)とは、ゼロ化する、つまり自分をクリアリングして、ニュートラル化すること。人はニュートラルを維持できない。だからこそ、常に禊を意識することが大切。そして自分の歪みは、他者からのフィードバックを通じてしか、分からない。まさに他者は鏡なんです

 

そして、武学の師匠はこう続けます。「この意識を持っていたら、傲慢になんてなりようがないんです。なぜなら、人を通して自分が歪んでいることに気づき続けられるから」

1を聞いて、10と思い込むこともなく、10を知ったと傲ることもない。ただ、1をそのままに受け止め、9を知らない自分を認める。本当に、「なんでもない日常こそ、最高の鍛錬の場」なんですね。